quiverの日記

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中曽根さんの本5

G7ミッテラン大統領を説得して中距離核戦力全廃条約(INF)を成立させたとか、大活躍の外交話が続く。「日本の文化は威張れるくらいスゴいンだ」と言う今ならフツーの感覚をしっかり持っておられたから出来たことだ。
その中で今とは隔世の感がある三つの話があったので記して置く。

一つ目は北朝鮮。日本と韓国の外交交渉で、中曽根氏は特使を送ったり自ら韓国語で演説したり、あれやこれや頑張るのであるが、その際に韓国側から、「北朝鮮に対して制裁せよ、断行せよ」と言う要求がしばしば出て、また、それに対して日本は拒否していたらしい。拉致事件が明らかになる以前は、確かに、「韓国は軍事政権でうさん臭く、北朝鮮は地上の楽園」と言う見方もあり、新聞はそう伝えていた。しかしイデオロギーだけの問題しかなかったわけでなく、根底はやはり経済。コバリキと言う新潟の有名な土建会社の小史を見ると、北朝鮮との商取引を真剣に考えていた記録(拉致問題でとん挫した)などがあり、大変興味深い。

二つ目はソ連。中曽根さんは「ソ連はずるい国です」と断言しているくらいひどかった。上のINFの話は、欧州で減らしたミサイルをアジアに配備すると言うとんでもない話を中曽根氏がストップしたと言う自慢話なのだが、当時は社会党などは賛成していたのだろうな、、、、。そして、大韓航空機撃墜事件(1983)である。何とソ連(ロシア)は、国連の大舞台でもしばらくシラを切っていたとのこと。それに対し、無線傍受内容にテロップを付けた記録ビデオ(日本が提供)を上映してついに認めさせた、と言う溜飲の下がる話。中曽根氏は「これが、ソ連崩壊の端緒となったと思う」と述べておられる。あんまりぎちぎちに体制を厳しくしていると、どこかで足を踏み外す、と言うことだろうか。

三つ目は中国。驚くべきことに、当時、日本は米国と手を取って中国に接近していた。経済的にも、そして軍事交流も。驚くべきことに中国は、日本にもっと防衛力を!とけしかけたり、また、武器製造の合弁を持ちかけたりしていた(もちろん断ったらしい)。これらは全て、対ソ防衛網と言うことらしい。